2010年07月31日

ほしとたんぽぽ

金子みすずさんの詩に「ほしとたんぽぽ」という詩があります。



ほしとたんぽぽ

青いお空の底ふかく、

海の小石のそのように、

夜がくるまで沈んでる、

昼のお星は眼にみえぬ。

見えぬけれどもあるんだよ、

見えぬものでもあるんだよ。


ちってすがれたたんぽぽの、

かわらのすきにだァまって、

春のくるまでかくれてる、

つよいその根はめにみえぬ。

見えぬけれどもあるんだよ、

見えぬものでもあるんだよ。


by 金子みすゞ



この詩は、めに見えないものへの思いやり、優しさを感じます。
めには見えない、どんな人の心も大切にしていくことができればと思います。
心にゆとりがなくなった時、つい見落としてしまいそうになる心があります。

めには見えない悲しい心、辛い心、寂しい心、苦しい心を
受け止め、自然と包み込んでいくことができればと思うのです



  
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Posted by わたげ at 02:44Comments(0)

2010年07月28日

子どもを亡くすということ(その2)

子どもを亡くすということは、消えることのない罪責感と
尽きることのない後悔がいつまでも残ります。
そして、一般ではあってはならないこととされている
逆縁という出来事です。
また、その子の未来はもちろんですが、
その子どもに託していた自分自身の未来も失われ
それと同時に親としての役割も失われていくのです。

涸れることのない湧き水のように
尽きることのない
波と悲しみとともに生きていくのです。

私たちの会は、
そのような体験をした方々の想いに寄り添い
支え支えられることによって
亡くなったわが子から突きつけられる無言の問いに
自分なりの答えを見つけ
わが子が残していった種に気がつき、
生きる意味を見出して行こうとしているのです。
  
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Posted by わたげ at 21:56Comments(4)

2010年07月26日

子どもを亡くすということ(その1)

先週の土曜日の市民活動フェスタのプレゼンで
ご紹介した内容をお伝えしていきたいと思います。

お釈迦様の教えの中にキーサーコーダミーのお話があります。
今までとても幸せな生活を送っていたコーダミーは、
たった一人のわが子を自分の不注意から事故で亡くしました。
気も狂わんばかりに母親はわが子を抱き、
この子が生き返る薬はないかとブッタにお願いするのです。
ブッタは、「私が生き返らせてあげよう。
一度も死人の出したことのない家から芥子の実をもらっておいで。」
といいました。

母親は町に出て、一軒一軒死人の出したことのない家を訪ね歩きました。
しかし、いまだ死人の出したことのない家などどこにもないのでした。
ずいぶん尋ね歩いて母親は、死んだ人のいない家などなく、
悲しいのは自分だけではないと気がついたのでした。

子どもの死を受け入れることは容易なことではありません。
その死をあるがままに受け入れる。
そしてその死を見つめるとき、そこに無言の問いがあるように思います。

  
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Posted by わたげ at 21:02Comments(0)

2010年07月25日

8月のたんぽぽの会といのちを見つめるパネル展

8月のたんぽぽの会の日程

 日時:8月14日(土)10:00~12:00
 場所:松本市市民活動サポートセンター会議室
     〒390-0874
        松本市大手3-8-13
          松本市役所大手事務所2F
       アクセス:http://www.support-center.jp/top_touroku/map.html
 参加費:500円

お盆ですが、こういう時期に分かち合うことも重要なのかもしれません。

同時に「いのちを見つめるパネル展」を松本市アカデミア館にて
8月13日~15日行います。
14日は、エバリーの会場コンサートもあります。

生きることいのちを考える会との共催のイベントです。
ご関心のある方は、覗みてください。

  
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Posted by わたげ at 06:12Comments(0)

2010年07月25日

ご無沙汰でした

大変ご無沙汰していました。

あっという間に半年あまり・・・・
バタバタと月日が流れてしまいました。

たんぽぽの会は、5月に行いました。
初めての方もいらっしゃいましたが、少しづつ会が知られているようです。
一人でも何かしらの救いになればと思っています。


昨日、あがたの森で行われた市民活動フェスタ「ぼくらの学校」に参加いたしました。

ブース展示では、会の紹介とともに四川省大地震の写真の展示もいたしました。
見に来てくれた方はどう感じたのか知る由もありませんが、
私とすると奥に飾ってあった「手」の写真がとても深い想いがあるのではないかと思って展示いたしました。
あの手を握る母親はどんな想いであったのかと想像するだけで、涙があふれます。
市民の方々が会の存在と今あるいのちについてふと立ち止まって
考えていただける機会になったのならうれしく思います。

プレゼン大会では、5分間で伝えることの難しさを感じました。
少なからず、子どもを亡くすということがどういうことなのかというのは
伝えたいと思って、詩やらお釈迦様の教えやら最後にはニーパーの祈りを添えました。
最後の祈りは、子どもを失った親としての祈りのようにも感じています。

「変えられないものを受け入れる心の静けさと
 変えられるものを変える勇気と
 その両方を見分ける英知をお与えください。」
  
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Posted by わたげ at 05:05Comments(0)