2012年04月26日
第43回たんぽぽの会のおしらせ

20120426 安曇野市堀金 道の駅「ほりがね物産センター」付近から
春は名のみの風の寒さや〜♪・・・という歌が聴こえてきそうな安曇野です。
このところ暖かくて、一気に春がやってきた感じです。
農作業も忙しくなり、田んぼに水が張られ、
この連休当たりから田植えの準備もまもなく始まって、農家は大忙しです。
たんぽぽの会を下記の日程で開催します。
ご都合のつく方はご参加ください。
お待ちしています。
日時:2012年5月12日(土)10:00〜12:00
場所:松本短期大学 看護学科共同研究室 ℡ 0263-58-4417(代)
参加費:500円(茶菓子代、通信費として)
託児:今回は看護学生(無資格です)がボランティアで1名託児に協力してくれます。
年齢、人数等事前に連絡していただけると準備もできますので、ありがたいです。
メッセージ:季節季節で様々想いを体験しますね。
これも、生きてるあかしでしょうか。
いつもは辛いと思っていた春が、いつの頃からか春ってこんなに暖かくて
お花もたくさん咲くんだ〜なんて思える日がいつか来ることを信じています。
それぞれがその時々の想いを語ることによって、
また、次の光が見えてくることを願ってます。
Posted by わたげ at
08:20
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2012年04月20日
明日ありと思う心の・・・・(再び)

職場の隣のお寺のしだれ桜です。
「明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」
をまた思い出してしまいました。
松本は春爛漫、桜も満開です。
安曇野はもう一歩でしょうか。
こどもの日が近づいて来ていますね。
世の中はこれからゴールデンウィークと言われ、
子どもの日も多くのイベントが催され、
意識するしないにかかわらず、入ってきますね。
こどもにまつわる行事は手放しに楽しんだり、喜んだり出来ない自分がいます。
東日本大震災で多くの子たちもいのちを失い、
今だご家族のもとに帰ることができない子だちやご家族のことを考えると言葉もありません。
日本のどこかできっと同じような思いをしている方々がおられることと思っています。
繰り返される季節とともに、その時々で様々な思いを抱えつつ
これから先も行きつ戻りつしながら、ずっと生きていくことになるのでしょうね。
Posted by わたげ at
10:23
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2012年04月19日
心のよりどころ

「ああ幸いだ、悲しむ人々は。その人たちは慰められるからである。」(マタイの福音書5(3-4)
私たちは生きていく中で多くの困難に出会います。その困難をどう受け止め、どう生きるか?
それはとても難しいことです。
困難のなかで、悲しみの中でどうやって打ち勝って行くことができるのでしょう。
人は窮地に立たされたとき、全てを失ったとき、本当の自分に出会うことができたり
今まで見えていなかったものが見えてきたり、気がつかされたり・・・・・すると思います。
真実の眼が開かれるのではないでしょうか?
必ず傷ついた魂、絶望的になった魂に新たな力が与えられ、励まし、慰めが与えられる。
その悲しみや困難がなければ与えられなかったことかもしれません。
キリスト教では神であり、仏教ではお釈迦様に出会う機会のように思います。
何か心の拠となるものに出会えると、人の心は穏やかでいられるような気がしています。
宗教でなくても、自然に触れる、好きな場所へ行く、心許せる人と会う、自分の気持ちを代弁してくれるような本出会う、詩やエッセイに心が留まる・・・・
それは人によって異なっていいと思います。
何かしら、自分の中に心よりどころになるものが見つけられるといいですね。
昨晩は歓迎会でした。
松本城の桜も咲きほこっていました。
いずれは散る運命ですが、今のこの時のいのちを私たちに見せてくれているように思います。
私たちもいずれはこの世から去る日がいずれ訪れますが
それまで、心穏やかなに精一杯生きていきたいものです。

Posted by わたげ at
08:03
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2012年04月14日
生き続けるということ

桜前線が近づいて来たというのに家の庭はようやく水仙が咲き始めてきたところです(*_*)
昨年の大雪でラベンダーも潰されてしまいましたが、根性のある枝には緑の可愛い芽

朝早くからつばめちゃん達もチビチビとご夫婦?で会話?けんか?している声で目が覚めました。
すべて生きているから感じられたり、体験できることですよね。
季節を感じながら、春の風を感じながらそんなことを思いました。
午前中は笑いヨガで何だか思いっきり笑いました(*^_^*)
午後はお寺のお手伝いで、更新されないブログのお姉さまにお目にかかることができました。
ふたりきょうだいだったので今はお姉さまがお寺を守っておられるとのこと。
きっといろいろな想いのなかで今のお仕事をされているのだろうなと思いました。
おとうとさんのお話ができ、もしかしたら悲しみも増幅されたかなとちょっと心配ですが。
出会えたことに感謝しています。
いつかお寺に伺いたいと思います。
いっぱい残してくれた種を私なりに育てて、いつかお空で会いたいと思います。頑張って生きていきます。
Posted by わたげ at
18:48
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2012年04月03日
子どもを亡くすということ(その4):使命

もしかすると、以前にも書いたかもしれません。
「使命」とは、いのちを使うと書きます。
子どもを亡くした親達は、子どもを亡くすと自分の生きる意味を失います。
それと同時に未来も失います。
失うというより、見失うという方が正しいのかもしれません。
娘は3歳でこの世を去りました。
一体この子はどんな使命を神様から与えれて来たのでしょうか?
発病当初、ターミナル、亡くなってからいつもいつも自分に問い続けてきました。
今もなお時々気持ちが揺れて、わからなくなるときがあります。
多分一生この問いと戦い続けていくことになると思います。
彼女が文字通りいのちを使って私に残してくれたことに気づかせてくれたことは本当に感謝です。
子どもが病気になり、また亡くなってしまったとき、
しばらくはそのことに気がつかないかもしれません。
気づけという方が無理なことのようにも思います。
でも、必ず気がつく時がくると信じています。
明日かもしれないし、十年後かもしれない、十数年後かもしれません。
生きていればきっとそのことに気がつくときがくると。
今、生きる意味を失い、この子は何のためにこの世に、
私たちのもとに生まれてきたのかわからないで
途方に暮れている方に、
どうしてもお伝えしたいと思って今日は書きました。
今日の外の風雨のように嵐の時もあるでしょう、
昨日のように暖か日差しの時もあるでしょう。
寒さに震える冬がなければ、
春の温かさを感じることもできないかもしれません。
暗闇の心細さを知っているから、
一筋の光のありがたさ尊さを感じることができるのだと思います。
この写真の蓮の花のように、既に咲き終わってしまったものをあれば、
まだきれいに咲いている花もあります。
いろんな気持ちがあってもいいと思います。
ありのまま、そのままの自分を大切にできるといいですね。

Posted by わたげ at
16:45
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2012年04月02日
更新されることのないBlog

庭のクロッカスが咲き始めました。
水仙やチューリップはまだ芽を出して来たところです。
新年度が始まりました。
大学も今日から始まります。
また、ドタバタな日々の到来・・・・。
以前「明日ありと思う心の・・・・」のタイトルの記事に書いた浄土真宗のお寺の副住職さんのことです。
このブログは、2010年12月13日以降更新されていません。
されるはずもありません。
ご本人が私たちと同じ世界にはおられないのですから。
でもコメントだけは、命日やお彼岸など関わりのある方が
それぞれが思い出したときに少しづつ増えていっています。
みんなの心の中にそれぞれがこの方のことが残っているのだと思います。
ひとは死んでしまうと終わると思われてしまいますが、
永遠にそれぞれのこことの中に生き続けるのものだと言うことを教えてくれいる気がします。
亡くなってもまだいろいろなことを残してくれている彼に本当に感謝です。
もし、気になる方は一度訪問してみてください。
http://ameblo.jp/saishoji30/entrylist.html
たぶん、ご家族はまだまだ悲嘆の中におられることと思います。
いつか私のように思える日が必ず来ると信じています。
Posted by わたげ at
10:38
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2012年04月01日
泣く人共に

画:渡辺総一
『喜びも、悲しみも』小嶋誠志著 教文館
ご無沙汰でした。
久しぶりにブログに向かえる時が来ました。
昨日、グリーフケアカウンセリング研修に参加するため
上京していました。
午後からものすごい突風に横断歩道で思わずしゃがみこんでしまい
傘の骨が折れてしまいました。
春の嵐・・・・ですね。
信州に戻ったら駐車場の車には雪が積もり、フロントガラスは凍ってました。
今日は肌寒く、冷たい風が吹いています。
その研修前に銀座の教文館という書店に立ち寄りました。
上記の版画の写真はその本に載っていたものです。
たんぽぽの会はまさに泣く人共に時間を過ごします。
そしてその涙を無条件で受け入れ、共有します。
それがどういう意味なのかということが書かれていたと思います。
以下が本文です。
泣く人と共に
『喜ぶ人共に喜び、泣く人と共に泣きなさい』ローマ信徒への手紙12-15
「喜ぶ人と共に喜ぶことはむつかしいことであります。
苦しみのとき、一緒に泣いた人が一緒に喜べるのであります。
人の悲しみのそばにいること――つらいことだけれど、
それが一切の始まりです。」
子どもを亡くしたご家族の悲しみに寄り添うということはまさにこのとおりであると思います。
Posted by わたげ at
13:31
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